東京高等裁判所 昭和56年(行ケ)230号 判決
一 請求の原因1ないし3の事実(特許庁における手続の経緯、本願発明の要旨、審決の理由の要点)はいずれも当事者間に争いがない。
二 そこで、審決に原告主張のような違法の点が存するか否かについて検討する。
1 本願成形法と第二、第三引用例記載のゲーリン成形法との技術構成上の相違と転用の可否について
(一) 本願発明の要旨によると、本願成形法は、「ダイスとゴム等の軟質材からなるラムの間に外刃の素材である金属薄板を配設し、ダイス又はラムの一方を加圧して金属薄板をダイスの表面形状に馴染むよう塑性変形させる」ものである。
一方、第二、第三引用例に審決認定の各技術事項、すなわち、「液圧プレスを使用して、ダイブロツクの上に位置決めを使用して材料を定置しておき、ゴムの詰つている上型が下降して成形を行うゲーリン成形法」について記載されていることは原告の認めて争わないところであり、右事実と成立に争いのない甲第四号証の一ないし三(第二引用例)及び甲第五号証の一ないし三(第三引用例)によると、右ゲーリン成形法は、本願出願当時すでに開発されていたプレス加工技術の一つであり、上型はプレスラムの先端の枠(リテーナ)にゴムを一定の厚さに表面を平たんにして詰めこんだものであり、プレス台上の成形型(ダイス、ダイブロツク)に金属薄板等の成形素材を定置し、上方からプレスラムを下降させ、これとプレス台の間に圧力を加え、上型のゴムを成形型の形状に馴染むように変形させ、成形素材をゴムと共に右形状に変形させるものであること、この成形法は、通常、ビード出し、エムボス、フランジ成形、浅絞り作業などに多く利用され、穴抜き、せん断作業にも利用されている万能加工法であり、上型のゴムをどの程度の硬度を具えたものとするかは作業内容に合わせて決められるものであることが認められる。
以上認定の事実によると、本願成形法と第二、第三引用例記載のゲーリン成形法は、いずれも、金属薄板等の成形素材を塑性変形させるプレス加工技術であり、上型(プレスラム)にゴム(又はゴム等の軟質材)を具えたものを用い、これとプレス台の間に圧力(成形圧力)を加え、成形型の上に置かれた成形素材をゴムと共に成形型の形状に馴染むように塑性変形させるものである点において共通していることが認められる。
(二) ところで、前掲甲第四、五号証の各一ないし三によると、第二、第三引用例記載のゲーリン成形法においてプレスラムとプレス台間に加えられる成形圧力の強度について、第二引用例には、「ゴムに加わる平均圧力は最高八〇~一五〇kg/cm2の範囲が多い。」(一五行目)と、第三引用例には、「ゴムに加わる圧力の最高は〇・八~一・五kg/mm2の範囲である。」(二八九頁一九、二〇行目)とそれぞれ説明記載されており、ゲーリン成形法としては、それ以上の高圧のものを想定していないものであることが認められる。
一方、本願成形法は、外刃素材である金属薄板について実施されるものであるところ、成立に争いのない甲第六号証ないし第八号証によると、本願出願当時すでに、外刃の製造業界においては、外刃の素材板として大部分ステンレス鋼のものが用いられており、かつ、そのことは、当業界においても一般に知られていたことが認められ、したがつて、本願発明においても外刃素材である金属薄板にはステンレス鋼のものを用いることを当然の前提としているものと認めるのが相当であり、この認定に反する証拠はない。そして、成立に争いのない甲第九号証によると、ステンレス鋼の永久ヒズミを生ずる降伏応力(耐力)は二〇~三〇kg/mm2とされており、このことも当業界において一般に知られていたことが認められる。さらに、本願発明の要旨及び成立に争いのない甲第二号証(本願明細書)によると、本願成形法は、外刃素材板に髭導入孔を形成させるべき各部分を凸状に塑性変形させるものであり、右凸状部分の頂部を研摩して除去することにより周縁に滑らかな髭誘込部を有する縁立部を形成するようにするものであることが明らかであるところ、本願発明における外刃の表面積は通常それほど大きくないものであり、また、右の髭導入孔は全体として網目状に多数形成されるものであることも極めて当然のことである。これらの事情を総合して考えると、本願成形法において必要とされる成形圧力はかなり高圧のものであることが技術常識上明らかであり、少なくとも前記ゲーリン法における〇・八~一・五kg/mm2程度の圧力を以つてしてはとうてい目的を達成しえないものであるといわざるをえない。
この使用圧力の点については、被告の主張するように、本願明細書中に何の説明記載もないことが、前掲甲第二号証に徴し明らかである。しかし、引用例から本願発明を類推することの可否を検討するに際し、引用例に限定的記載のある使用圧力をもつてしては本願発明の目的を達成することができないものであることが、当業者の技術常識に照らして明らかである場合、なお引用例記載の技術からの類推が可能であるとするためには、さらに加えて本願発明の目的を達成することを可能とすべき関連技術の引用開示を必要とすることは、いうまでもないところである。これを怠り、単に形式的に構成上の共通点を取り出して、ただちに類推の可否を決することの不当であることはいうまでもなく、また、本件において、被告の主張するように、プレス加工において使用すべき成形圧力は当業者が条件に応じて適宜決定しうるところとし、他の点において技術構成上共通点のある引用例を示せば足るとすることも相当ではない。
してみると、本願発明の進歩性を検討するうえで、第二、第三引用例記載のゲーリン成形法をもつて本願成形法にそのまま転用しうるとすることは、許されないところといわなければならない。
2 審決の認定判断について
審決は、前記のとおり、本願成形法は第二引用例又は第三引用例の示すように(すなわち右引用例記載のゲーリン成形法として)周知であるとしたうえ、右ゲーリン成形法を本願発明のような外刃製造法に転用することに格別困難な事情は認められず、当業者が必要に応じ容易に想到しうるものと認定判断している。
しかしながら、本願成形法と第二、第三引用例記載のゲーリン成形法とは、成形圧力の強度において著るしく異つたものであり、そのため右ゲーリン成形法はこれをそのまま本願成形法に転用しうるとすることの許されないことは前記のとおりである。したがつて、審決の右判断は、本願成形法と第二、第三引用例記載のゲーリン成形法との間の右の技術上極めて重要な相違点を看過するとともに、本願成形法を周知のものと誤認し、その結果、安易に右ゲーリン成形法を本願成形法に転用することが当業者にとつて容易であるとしたものであり、審決の右認定判断は早計に失し誤つたものといわなければならない。そして、審決の右認定判断の誤りは、その余を論ずるまでもなく、本願発明をもつて第一ないし第三引用例に基づいて当業者が容易に発明をすることができたとする審決の結論に重大な影響を及ぼすものであることは明らかであり、違法とせざるをえない。
三 よつて、審決を違法としてその取消を求める原告の請求を正当として認容することとする。
〔編註〕 本願発明の要旨は左のとおりである。
凸部の肩部に任意曲率半径の曲面を有するダイスとゴム等の軟質材からなるラムの間に金属薄板を配設し、ダイス又はラムの一方を加圧して金属薄板をダイスの表面形状に馴むよう塑性変形させ髭導入孔部を剪断及び破断しない凹凸状の外刃素板を形成し、該外刃素板をダイスから離型し髭導入孔部を研摩して除去し、髭導入孔の周縁に滑らかな髭誘込部を有する縁立部を形成するようにしたことを特徴とする電気かみそりの外刃製造法。